僕は学校の先生が嫌いだ 体罰事件にみる公立学校の問題

以前ブログで書いたが、僕は学校の先生が嫌いだ。

学校の先生というのは公立学校の先生である。

嫌いな理由は主に中学時代にうけた体罰にある。

それは少なからずその後の人生の心の傷となった。

先般、大阪市の某高校バスケ部顧問の度重なる体罰で、
キャプテンだった部員が自殺して大きなニュースとなった。

その後、橋下市長の意向で、今年の体育系学部の受験を取りやめることになった。

この決定がなされるまでの、教育委員会や学校関係者が反発。

そしてあろうことか、この学校の生徒たちが記者会見して反対の意を表した。

この一連の流れに唖然。

橋下市長の強引なトップダウンに反発感はあるものの、冷静に考えれば、
自殺者を出して世間を騒がした学校の受験を一時的に止めるのはまっとうな判断だ。

これが私立の学校だったら当然の行動である。

全国ニュースとなれば、いくら有名校でも受験生が激減する可能性大で、すぐに経営危機となる。

学校側は生き残りをかけて必死に対策をアピールしなければならない。

しかし、これが公立学校となると話がややこしい。

まず責任者があいまいだ。

教育委員会と校長の責任があいまいだ。

みな当事者意識が無い。

公立学校は潰れる心配は無いので危機感は無い。

みな、こと無かれ主義である。

さらに生徒が教育を受ける権利、受験をうける権利などと主張してくる。

最高責任者の市長が出てきて、それに反発する先生と生徒。

何が問題なのか、よくわからない構造となっている。

こんな公立学校はいらない。

一部の公立学校は残しても、基本的に学校は民営化すべきである。

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